「素直さ」と「ひねくれ」の二つが学びを得るには必要だなと思った話。

雑感

こんばんは。

突然ですが僕の会社で倫理法人会という団体に加入しています。ざっくり言えば「みんなで倫理を学んで経営と家庭を良くしよう!」みたいな団体です。週一のモーニングセミナーとか活力朝令とかけっこうやることは多いです。

うさんくさいかどうかはさておいて。

その団体には「炎の講演家」という肩書きで有名な鴨頭嘉人さんも会員なんです。

うさんくさいかどうかはさておいて(二回目)。

今日、その鴨頭さんの講演会があって、講演の内容は「なるほど来てよかったな」と思えるものだったんですが、その中でも印象に残ることがあったんでブログを書き出した次第です。

「素直さ」が正しい学びにつながる

倫理法人会にはあいさつとかお辞儀とかのやり方を記したマニュアルがあって、結構細かく状況を分けたりして書いてあるんです。

で、10年前に法人会に入会した鴨頭さんは、「挨拶の仕方が数パターンあって無駄だから統一したい」とか、マニュアルの改訂を希望して、当時の会長に直訴しに行ったことがあったみたいです。

そこで「なぜ挨拶一つとってもこんなに色々やること多いんですか?なんで統一したりしないんですか?」と聞いたら帰ってきた答えが、

「マニュアルに書いてあるからです。」と。

「マニュアルとは、『その通りにできているかどうか、間違いのないようできているか』を確認するためにあります。なので素直にその通りにできているかが学びとして重要なのです。」と。

ちょっと講演から時間空いたので正確かどうかはあれですが、概ねこんな回答が返ってきたとのことで、僕は「なるほど」と思いました。

プログラミングの勉強に置き換えてみれば、勉強しはじめて日の浅いやつが「このコードややこしいからこんな感じではしょっちゃえ!」みたいなことしたらプログラムが崩れることは必須だし、それを実現するためにはマニュアル通りに100%できるよう、しっかり修める必要があります。

その挨拶のマニュアルに限った話ではなくて、「教えられたことや決められたこと素直に実践することができていないと、それによって得られる学びは正確なものにならないよな」と思いました。

素直に受け取らず疑問を持つ心も重要ではないかと思った

一方で、素直さは確かに重要なんですが、鴨頭さんはマニュアルに対し「なぜこんなことしなくちゃいけないんだ?もっと効率的にすりゃいいじゃないか」という疑問を持ったことで、「素直さが学びには大事」について理解を深めたといえます。

この疑問とは言い換えれば、マニュアルをそのまま受け取らずひねくれてとらえた結果とも言えるじゃないですか。

「これは無駄だな」「なんでこんなことやらなきゃいけないんだ」とか思ってそこで考えも実践もやめてしまえばもちろん何も学ぶことはできないのですが、一方で「はいわかりました!」と言われたことを何の疑問もなくただやるというのも、果たしてそれによって学ぶべき本質を掴めているのか怪しいです。義務教育の期間ならそれでも通用するかもですが、大人になったらそれではいつか通用しなくなることは多々出て来ます。

なので、何かを学ぶということは素直さとそれに対しての疑問を持つ心のバランスが重要で、どっちかだけだと正く学びを得ることはできないんだろうなと思った次第です。

ちなみにこの鴨頭さんのマニュアルの話は講演の本筋の話とは全く関係ないです。マニュアルの話が個人的にストライクすぎて本筋の話は何だったか忘れました。

まとめ

なんかいざ書いてみるごくごく当たり前のことで我ながら書いてて呆れました。呆れましたが当たり前のことを改めて考えてみるっていうのも、誰かとこんな話をしたり、自分の子供にいつかしてあげられる話が増えたりと良いことはあるかもと思いました。

よし、今日はこんなところで。